夜明け前

海外で働く中で、改めて強く感じるようになったことがあります。

日本文化の美しさ、おもしろさ、奥深さ。

ただ「歴史が長い」という話ではなく、
そこには綿々と受け継がれてきた、人々の営みがあるということ。

一方で、私はずっと、自分が生まれ育った国に、

敬意を払ってきたわけではありませんでした。

興味がなかったわけではないし、日本文化というものに誇りがなかったわけでもない。

ただ、魅力を感じていなかったのです。

当事者だからこそ、日本人だからこそ、見える自国の負の側面。

この狭い島国を出て、広い世界へ旅立つことを夢見ていました。

外国人の友人に言われて、衝撃だった言葉があります。

「日本人って、日本を良く言わないよね」

そんなつもりはなかった。

口には出さずとも、日本文化は世界に誇る文化だと、

心の底では思っていました。

でも、それを日本人以外の誰かにわざわざ伝えることは、してこなかった。

それは日本人としての美徳なのかもしれないし、
日本人ならではの”謙遜”だったのかもしれないとも思います。

ずっと、海外に憧れていました。
日本の外に出たい、という気持ちがとても強かった。

日本文化には人並み程度に関心はありました。
でも、時間をかけて学ぶほどの情熱は、持っていなかったのです。

越境

社会人になり、ようやく、念願かなって香港への赴任が決まりました。

はじめて、異国で生活の基盤を築き、その地の住民として過ごす日々。

そんな中で出会ったのが、
日本を愛してくれる香港の人たちでした。

日本人以上に日本を旅し、日本人以上に日本文化を語る人たち。

「着物、着てみたい」
「浴衣、素敵だよね」

そう言われるたびに、
「いやいや、日本人なんて着物着ないし、着れないから」
と、そっけなく返していました。

日本文化を知らないこと、できないことを偉そうに語る自分。

よくよく考えるとおかしな話です。

自国の文化を語れないなんて、これは恥ずかしいことだと、

気づくまでにすこし時間がかかりました。

日本人として、日本の何が語れるのだろうと

改めて自分のルーツを見つめ直すようになりました。

邂逅

「何かひとつでも、日本文化について“私はこれを知っている”と言えるものが欲しい」

そう思い、帰国後に通い始めたのが、着付け教室でした。

海外のパーティーで着物を着たら、ちやほやしてもらえるかも。
正直なところ、その程度の動機です。

そんな思いとは裏腹に、

着物の世界にのめり込むまでに時間はかかりませんでした。

紋様に込められた思い、そこに重なる歴史のロマン。


数百年前の慣習が、いまだにわたしたちの日常の中に息づいている。

わたしたちは、確かに、先人が紡いできた長い歴史の延長線上を、生きている。

鳥肌が立ちました。

現実

一方で、
伝統文化が消えつつある現実も、目の当たりにします。

呉服の市場規模は、40年前の9分の1。

京友禅の生産量は、50年前の1.4%。


ALISAを始めてから、
すでに引退してしまった職人さんも、何人もいます。

「こんな儲からない仕事、子どもには継がせられない」

そう言って、終わりを決める職人たちは少なくありません。

わたしが心を奪われた、日本の芸術と技は、

目の前で、日々失われていました。

伝統とは

伝統とは何か。

わたしは着物を着ます。しかし、毎日は着ません。
1分1秒を惜しむ、わたしの日常では難しいからです。

あれだけ心を奪われたわたしですら、毎日着物を着ることができない。

だったら誰が着物を着てくれるのか?
職人たちが食べていけるように、誰が「買ってくれる」のか?

伝統は「守る」だけでは、続いていきません。
ビジネスとして成り立たなくては、続かないのです。


伝統とは、古きに固執することではなく、
わたしたちの日々の営みから生まれるはず。


あたりまえにそこにあり、
誰でも気軽に手に取ることができる、

そんな商品を届けていくことこそが、
この伝統を未来に繋げていくのではないか。


着物を着て、私が感じたあの高揚感。

それを、現代を生きるわたしたちが、世界中のだれもが、
気軽に手に取れるかたちで世に送り出す。


それを考え続けたことが、
ALISAの始まりでした。